パイオニアエコサイエンス

2021.04.05
品種の歴史

(3)国内初!ゲノム編集トマト 「シシリアンルージュハイギャバ」

2020年12月11日、国内初のゲノム編集技術を利用した食品として、サナテックシード株式会社のGABA高蓄積トマトの国への届出が受理されました。今回は改めて、「シシリアンルージュハイギャバ」についてご紹介いたします。

 

ノーベル化学賞・CRISPR/Cas9を利用

2020年ノーベル化学賞の受賞者はCRISPR/Cas9の開発者である、シャルパンティエ博士とダウドナ博士でした。CRISPR/Cas9は、外から細胞に入ってくるウイルスの特定の塩基配列を認識し、切断するという細菌がもつ免疫システムを応用したもので、ウイルスの特定の配列だけでなく、開発者が指定する配列を切断できるように改良されました。植物に利用すれば品種改良に、ヒトに使えばガンの治療法として利用できる可能性があります。このように多分野に渡って人類に大きな恩恵を与える技術であるということで、ノーベル賞の受賞に至りました。
「シシリアンルージュハイギャバ」はこの技術を用いており、CRISPR/Cas9を用いて作られた作物としては世界で初めてでのことです。

 

GABA合成遺伝子の力を最大限高めました

GABAはうま味成分のグルタミン酸に、GADという酵素が働きかけることによって作られます。

GAD酵素はフタのような構造を持っていて、フタが開いているとGABAを作り、閉じているとGABAを作れません。このフタは専門的には「自己抑制ドメイン」と言いますが、このフタが環境によって開閉することで、GABAの合成が制御されています。
ストレスをかけるとGABAが蓄積するのは、環境の変化によって、GAD酵素のフタが開いて活性状態になるからです。 

今回私たちはゲノム編集技術を用いて、フタ、自己抑制ドメインを失くすことによって、常にGADを活性状態にし、ストレス栽培をしなくてもGABAの量を増やすことに成功しました。

ゲノム編集技術を使用した食品・生物の 取り扱いルール

 ゲノム編集技術の前に、遺伝子組換え技術で作った作物についてのルールについて説明します。遺伝子組換え技術も品種改良技術の一つですが、交配できない他の生物の遺伝子が組み込まれるという点で、他の品種改良とは大きく違っています。綺麗な青いバラやカーネーションは、パンジーの青色遺伝子を入れることで美しい青色を出すことを可能にしました。遺伝子組換え技術で作った作物は、食べた時の安全性や他の生物や環境に影響を与えないかなどの審査が必要です。

ゲノム編集技術で作ったものは、これまでの品種改良で作った作物と比較して、最終的にもともと持っている遺伝子に変異を導入しただけという意味では同じです。そのため、従来の品種改良で生まれた作物と同様、審査は行わないというのが日本のルールです。ただゲノム編集技術は、審査が必要な遺伝子組換え技術と共通する過程を含んでいることや、まだできて歴史が浅い技術であるということから、事前相談や届出を通じ、詳しい情報を厚生労働省や農林水産省に提供するという決まりになっています。

 

シシリアンルージュハイギャバは「ふつう」のトマト

サナテックシードは、シシリアンルージュハイギャバを提供するに辺り、ルールに則り、厚生労働省や農林水産省との事前相談をしました。そこでゲノム編集技術によって、新たなアレルゲンや毒性物質が作られていないか、本当に他の生物の遺伝子が組み込まれていないか等の試験結果を全て提出し、安全性や環境への影響に問題がない、従来の品種改良で作られたトマトと同じであることが確認されたため、今回皆様へ提供することとなりました。

(参考図書)

ノーベル化学賞2020要約:https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2020/summary/
渡辺孝康, 中川一路, 丸山史人. (2013). 原核生物の新規な獲得免疫機構CRISPR/Casシステム. 化学と生物, 51(7),441-444.
サントリーグローバルイノベーションセンターHP:https://www.suntory.co.jp/sic/research/s_bluerose/story/
厚生労働省医薬・生活衛生局食品基準審査課 新しいバイオテクノロジーで作られた食品について, 2020
農林水産省HP:https://www.affrc.maff.go.jp/docs/anzenka/genom_editting.htm

2021.03.29
品種の歴史

(2)どんな品種改良技術があるの?

トマトが日本で鑑賞用から食用として認められ、今こんなにも食べられるようになるまでには、臭みをなくしたり病気に強くしたりと、その裏には育種家たちの努力がありました。育種家たちが利用する品種改良技術にはどのようなものがあるのでしょうか。



交配育種はいいとこ取り

交配育種は、形質の異なる品種同士を掛け合わせ、その子孫から目的の形質をもつものを選抜していく方法です。かつて自然突然変異によって生じた嗜好に合う株を選抜していたのに対し、積極的に目的の形質を求めることができるため、現在でも多く用いられている方法です。労力はかかりますが、その組み合わせ次第で思いがけない形質が生まれることがあるのも、この方法の醍醐味です。

トマトで有名な品種の一つである「桃太郎」(タキイ種苗)は、この交配育種を繰り返し、約15年という長い試行錯誤の結果生まれたものです。1960年代後半当時、高度経済成長に伴いトマトの産地が大都市から遠隔地に移ったため、まだ緑色が残る内に収穫し、輸送中に成熟させる方法がとられていました。しかし、この方法では消費者に届くトマトの味は十分ではありませんでした。そこで開発者は熟しても輸送できる硬さである「フロリダ-MH1」や、糖度やうま味のある系統、果肉が厚い系統と、何百品種との交配と選抜を繰り返し、その形質を加えていくことで、食味もよく完熟してから収穫しても崩れない品種が完成しました。

またF品種とは、特定の母親品種と父親品種を交配して作られる品種のことです。その組み合わせ次第で、両親の能力を超えるものが生まれ、また特徴も均一になるため栽培しやすく、今では栽培されているトマト品種のほとんどが、F1品種です。

 

突然変異を人工的に

自分が持つ資源の中に目的とする形質をもつものがなければ、交配育種はできません。そこで人工的に突然変異を誘発し、性質の異なるものを作る方法が突然変異育種です。

青梨の代表品種である「二十世紀」は、明治時代から現在も愛されている品種ですが、ナシ黒班病にかかりやすいのが難点でした。1962年にガンマフィールド(茨城県常陸大宮市)に定植し、苗木にガンマ線を照射し突然変異が誘発させる頻度を上げたところ、中から病気に強い苗木が生まれました。こうしてできたのが「ゴールド二十世紀」です。

種子ができない植物にも利用できる点も、突然変異育種の利点です。

 

遺伝学や分子生物学の進歩

交配育種は、性質の異なる品種同士を掛け合わせ、その子孫から両方の形質を受け継いだものを選抜していくものと、先の項で述べましたが、生物の性質というのはゲノム配列によって決まります。1990年代後半になるとゲノムの解読が進み、野生種と栽培種でどの配列が違うのか、病気に強いのはどの配列なのか、ということが次々明らかになってきました。これまで栽培し、食味や病害菌の摂取試験といった実際の試験や見た目の形質によって選抜してきたものが、遺伝子配列によって選抜できるようになり、選抜の効率が向上するようになりました。

 

ゲノム編集技術はピンポイント育種

サナテックシード株式会社が使用しているのは、ゲノム編集技術という新しい品種改良技術です。ゲノム編集技術は狙った配列に変異を導入できるので、変異の入り方によってその遺伝子の機能を強化したり停止したりすることができます。これまで自然に変異が入った品種を選抜したり、交配で形質を移したりすることで、品種改良を行ってきましたが、ゲノム編集により、その手間が少なくなり、効率よく品種改良を行うことができるようになりました。

今回お申し込みいただいた「シシリアンルージュハイギャバ」も、GABAの合成酵素遺伝子に変異を導入し、GABAを合成する力を高めました。次回は「シシリアンルージュハイギャバ」でどのようなことを行なったのか、ご紹介します。

 

(参考図書)

鵜飼保雄・大澤良編著:「品種改良の世界史 作物編」,(加屋隆士,第13章 トマト)悠書館,2010

タキイ種苗株式会社トマト育種チーム, (2020) 日持ち性を有し完熟出荷を可能にした高品質・良食味大玉系トマト「桃太郎シリーズ」の育種, 育種研究, 22(2), 184-188

エペ・フゥーヴェリンク編著(中野明正・池田英男監訳),「トマト オランダの多収技術と理論ー100トンどりの秘密」,農山漁村文化協会,2012

中川仁. (2006). 放射線育種場の最近の成果と今後の発展. Radioisotopes, 55(6), 319-332.